日々の”楽しい”をみつけるブログ

写真と登山好きのku-(くー)といいます。日々の生活に楽しみをみつけて、紡いでいこうとするブログです。

2017年10月14日 ケベス祭りに行ってみた② 大分県国東市 岩倉八幡社

今回の記事は、ケベスと当場の攻防場面からです。前回は、ケベスが岩倉八幡社の境内を歩き、当場の守る火を盗もうとしていました。

 

ここぞ!というときになると、ケベスは火の方へ体勢を整え走りだします。

だいたいの祭りの流れは決まっているとはいえ、ケベスが走りだすと、観客からは「おおっ」と歓声があがります。

いっせいにカメラマン達がシャッターを切ります。

ケベスの勢いに押されまいと、当場ががっちりと身構え、ケベスにサスマタで対抗します。

 

ケベスは一度当場に押し戻されても、隙をみてまた火の方向へと飛び込もうとしていきます。でも、そのつど当場たちに食い止められ、さらに神職にも押し戻されます。

ケベスは、一度は当場をかきわけ、火のもとへたどりつくことがありますが、途中でまた神職に引き戻されます。

ケベスが火のもとへ突進するのは合計9回。ケベスが火のもとへたどり着き、燃えるシダをかき回すのは、形式上では3度あるんだそうです。突進9回目に、ついにケベスは火を奪うことになっています。

 

火を守ろうとする当場たちも、かっこいいですね↓

 

9回目の突進…火を奪う段のケベスは、これまで以上に激しく、燃えるシダをかき回します。すごい迫力ですね。

これを合図に、火を奪われた当場たちは、火を守る立場から一変。当場は、束になったシダに火をつけ、観客へとばらまき始めます。

ここから、会場はかるいパニック状態になります。あちこちで悲鳴や歓声があがります。それはそうでしょう。こんな大きなタイマツが迫ってくるんですから。

さすがに、火を押し付けられるなんてことはないですけど、「オラオラ」と当場からけん制され、さらに火の粉が飛んでくるので化学繊維の服は燃え、穴があいてしまいます。ぼくの服も、いつのまにか背中部分が焼けてしまってました。

火の玉を群集にむかって飛ばすけっこう激しい当場もいます。悲鳴があがりはしますが、このドキドキ感がたまりません。周囲の観客のみなさんも、どこか楽しそうです。

この火の粉がふりかかると、一年無病息災となるそうです。

このような、火に追いかけられる時間が15分ほど過ぎると、ケベスが境内の三か所でサスマタの先についた”わらづつみ”を、地面に3回たたきつけます。

 

すべての火が消えるころ、神職が締めの太鼓をたたきます。これを合図にケベス祭りは終了します。

 

感じたことと反省点

今回は、開催日が土曜日ということもあり、ぼくは昼までの仕事を終えて、はやいうちから会場となる岩倉八幡社へ着くことができました。16時ころです。境内での祭りがはじまったのが19時ごろ。3時間前の到着にもかかわらず、もうすでにたくさんのカメラマンさんが場所取りをされてました。みなさん三脚をたてており、だいたい最前列は埋まっていた状態です。

 

実際会場に入ると、3時間の待ち時間は、ほとんど気にならないくらいワクワク感が増してきていました。ケベスを最前列で写真を撮りたいならば、今後も3~4時間前に会場に到着する必要があると感じました。

 

2017年は小雨がふったりやんだりの、はっきりしない天気でした。でも祭りの大部分では雨はあがっていてくれました。雨が降ってきたときにそなえ、カッパを用意していましたが、火の祭りなので、仮に雨がそれなりに降っていてもカッパは着なかったと思います。穴が開いてしまいますから。傘もささなかったと思います。

 

もし今後、祭りが雨天の場合は、カメラが濡れないよう、カメラ用の防水袋を用意しておいたほうがいいかも…と思いました。

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2017年10月14日 ケベス祭りに行ってみた① 大分県国東市 岩倉八幡社

毎年10月14日に行われる、国東市のケベス祭り。2017年は10月14日がちょうど土曜日にあたり、運よくこの祭りを見学することができました。

祭りの会場となる岩倉八幡社は以下の場所にあります。道の駅「くにみ」の近くですね。

 

場所:大分県国東市国見町櫛来

地図:Google マップ

 

2015年に、ケベス祭りへ来たときは平日で、仕事が終わってから車を飛ばしていった覚えがあります。祭りがちょうどはじまったくらいに到着し、とても会場内に入れるものではありませんでした。だからケベスをみることなく、その年は終わりました。 

今回は、祭りがはじまる2時間ほど前(16時)に到着でき、祭りは最初から最後まで見ることができました。長くなりそうなので、数回にわけてブログにアップしていきたいと思います。

 

会場に着いて、さっそく場所とりをすることにしました。会場に行ったとき、もうすでにたくさんのかたが、三脚を構えていました。最前列はもうすでにうまっていました。

ケベス祭りの流れは、「国東市ホームページ」が詳しいです。こちらを参照して、以下にその流れをまとめてみました。

 

ケベス祭りの流れ

1.拝殿で宵宮祭りの神事がはじまる

 

2.神職がケベスに装束を着せる

 

3.ケベスが面をつける

 

4.神職が、ケベスの背中に、「勝」の文字を指でなぞる

神職がケベスの背中をひと叩きすると、ケベス(神)がのりうつる

 

5.ケベスが拝殿から出てくる

 

6.当場(トウバ)が拝殿横のシダに火をつける

 

7.練楽(ネンガク)が始まる

 

8.当場たちがシダの火の前に、立ちはだかる

ケベスから火を守るためである

9.ケベスが練楽の列に入り、火に突入する隙をうかがう

 

10.火に突入するケベスを、当場が順にさえぎり、押し戻す

 

11.3度目の突入で、ケベスは火へたどりつき、火をかきまわす

しかし、また押し戻される

通算9回の攻防が行なわれ、うち3回はケベスが火をかきまわす

 

12.9回目、ケベスが火に飛び込むと、当場がシダの束をサスマタに差し、観客に向かって火の粉をふりまく

 

13.神社の西門、御供所前、拝殿前で来年の五穀豊凶を占う

 

14.拝殿でケベスが面をはずす

 

 写真で紹介

流れの1から4は、拝殿のなかで行われているので、参拝者は見ることができませんでした。また、今回は13、14番も見ていません。またの機会で。1から4番は外からみると、こんな感じ↓

白装束を着た当場(トウバ)たちが、列をなし拝殿に向かって頭をさげています。19時10分です。年によって、祭りがはじまる時間が、前後するようで、2017年は19時くらいから神事がはじまって様子です。

 

19時26分。神官が火をつけるシダの前でお祓いをおこないます。

お祓いが終わると、いよいよ当場が、シダに火をつけます↓

火が付くと、いよいよ太鼓、笛、鐘などを鳴らす練楽(ネンガク)が始まります。その列に、ケベスが入ってきます。

ケベスは、肩にかついだサスマタを、扇で叩きながら境内を廻ります↓遠目で火のついたシダを見ています。火を盗もうと様子をうかがっています。

一方、火の燃え盛るシダの前には、たくさんの当場↓

火に飛び込んで盗もうとするケベスから、火を守っています。

 

 

今回は、ここまで。次回はケベスと当場の攻防場面からです。

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ケベス祭り 2017年10月14日

おお、すごい迫力!国東市のケベス祭りが、今終わりました。2017年10月14日のケベス祭りは、小雨がぱらついていましたが、そんなことは気にならないほど。最後、トウバが松明を持ち場内を駆け巡る段では、あちこちから観客の悲鳴が聞こえてきました。
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 ケベスが場内に現れたのは、今年はだいたい7時25分くらいでした。ケベスの面を、はじめて直に見て、感動しました。
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ひとまず、ピントが比較的合っている写真を二枚アップします。

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さつき松原の夕暮れ 福岡県宗像市

福岡県宗像市「さつき松原」。松原から玄界灘越しに、ちょうど日が沈みます。人も少ないので、癒やしの場所です。樹齢60〜250年のクロマツが20万本植えられてる景勝地です。
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福岡県柳川市の秋季大祭「おにぎえ」に行ってみた

福岡県柳川市。平成29年10月7日から9日まで、三柱神社の祭り「おにぎえ」が開催。はじめて観に行ったので、いきあたりばったりの祭り見学。たまたま出会った「どろつくどん」という山車。般若が、山車から身を乗り出して、善悪・喜怒哀楽を踊りで表現しているんだそうです。

 

調べてみると、柳川市は今日の最高気温29℃。どうりで暑かったわけです。そんななか、踊り手は踊りまくっていました。こちらの山車は日吉神社(福岡県柳川市坂本町7)付近でみることができました。見学したときは、柳川商店街→柳川市役所→日吉神社の順で、山車が進んでいました。

 

こちらは、お囃子を演奏する華やかな山車。「どろつくどん」の踊りの拍子をとっているのでしょう。

 

14時30分すぎに、山車が日吉神社(福岡県柳川市坂本町7)に集結しました。カラフルな山車が青空に映えました。

山車を見学したのは日吉神社の近くで、ちゃんと車を駐車できる臨時の駐車場も用意されていました。どうも龍眼科医院が駐車場を臨時駐車場として貸してくれているようです。

 

場所:福岡県柳川市坂本町25−4

地図:Google マップ

 

それにしても、柳川市は至る所にクリーク(水路)があって、他の地域ではなかなか見られない景色の広がる場所でした。↓こちらは三柱神社ちかくの川下りが行なわれる水路。なんとも絵になります。

もともと海だった柳川は、干拓の結果埋め立てられ、水路を掘って出た土を盛り上げ、盛り上がったところに住居を建て、掘りさげたところが水路となったんだそうです。

↑地図をみても、ほんとに水路が多いです。まるで迷路のようにクリークが町のなかを走りまわっています。

 

それに、寺院や神社がやたらたくさんあるのも気になります。なにか理由があるんでしょう。柳川市の歴史を掘り下げてみると、おもしろい発見がみつかるかも。

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若戸大橋の建設当時の写真 北九州市

北九州市若松区戸畑区を結ぶ、若戸大橋。「北九州思い出写真館」(北九州市制30周年記念誌)に建設当時の若戸大橋の写真が載っていました。こんな感じで↓若戸大橋は造られていたんですね。ほんとにつり橋感が伝わってきます。


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話には聞いていたけど、開通式では人も歩いて渡れていたそうです。今では、車だけ渡れ、人は若戸渡船を使わなければなりません。↓こちらが現在の若戸大橋

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福岡県福津市生家の庚申塔

場所:福岡県福津市生家

地図:Google Maps

https://lh3.googleusercontent.com/D_6lOBmZbmVY-ze-HkpGsqATgKTVF1ntvm-yW7HI9E7j19L75jBqzHRLvDBEyjqKTagKyG-OaLZ5asJ8A6VVGxOl0nN4qP8CA6d7vx6V386Vhqk3C5nCbM-ZUCMlKDxQIG4E8FRn3zWvhEc2gOPsxKTSUktcHNxnDsFRuYTWa7VCdBQVetz4_V-ZBVM0tSJDiJpMnwedfFINgz9r3rHkLAryxN0eyhlkHMJaR1quOy5805-azif0m29agHgd-WrWdpRGvt8CuG9P2ge772QfKesEtO8Wki4FLK8huNKj_OBgrTrvpZUrNRP5rCC-__Nlocjz_6It06pDgLG0s1PB8A3t3S0noP_cNr-ikXMzY2jomYFYdzjtMqbGRgKLE9KPEBvhwDXIyD3pvmTq1orAv5f1JGMptbIftZfXWSKHFvleDdIiZspo607ZEWrXbefRj1rOttzdv9UF8sPtqvztu3LLbtsYmttOO-_94Pbcqupf0i8TI49giAEswbl5Y1Q4zG2uQoRmtjVseAmO2-SUMmbVD36YgL7oJHfHVCKIU7Bm4ZVGH8HBB_9VEpyHmrA1sbVYv0Dog1Qsy23dJO7Tu8LbJsztndU72DJvxnNa8XQ=w803-h602-no

石祠のとなりに二基の庚申塔が祀られています。どちらも文字塔で、庚申尊天と刻まれています。ただ、↓下に示す自然石型の庚申塔は、造られた年が石の劣化により見にくくなっていました。写真を拡大したり、加工したりしてなんとか見ようするけど、なかなか文字が判別しにくい。

「庚申尊天」という文字に向かって右側に成立年が刻まれているようです。拡大すると、なんとか「正徳」と判別することができました。正徳は5年まで続いています。西暦に直すと、1711年から1715年まで続いていることになります。

 

↑上の庚申塔では、正徳の下の文字がどうしてもわかりませんでした。だから、だいたい1711年から15年の間に建てられたものとするしかありません。

 

↓そして、隣の庚申塔に目を移すと、こちらは比較的わかりやすく、享保十八年と刻まれています。西暦に直すと、1733年です。

 

 

こういった、石塔に刻まれ、分かりにくくなった文字を、わかりやすく分析してくれるソフトがあったら…と思います。

 

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