日々の”楽しい”をみつけるブログ

写真と登山好きのku-(くー)といいます。日々の生活に楽しみをみつけて、紡いでいこうとするブログです。

支えられ生きる 阿蘇郡小国町の阿弥陀杉

平成11年の台風18号で、1/3だけ残った阿弥陀杉です。樹齢1300年なんだそうで、その迫力は、もうなんだか恐竜をみているような感じです。

幹のゴツゴツ感、どっしりとした重量感、枝がグワッとせまってくるような迫力…でも、さすがにこれだけの年を重ねてきたからか、幹の乾燥具合でなんとなく弱っている印象も受けます。何本もの鉄骨で支えられながら生きていました。

場所:熊本県阿蘇郡小国町黒渕

地図:Google Maps

 

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よく利用する大分県のそば饅頭屋さん 禅海 玖珠郡玖珠町森

大分県中津市にある耶馬渓(やばけい)では、そば饅頭が名産ですが、ぼくはここのそば饅頭屋さんをよく利用させていただいてます。

 

場所:大分県玖珠郡玖珠町森5124-1

地図:Google Maps

もう、この場所になると中津市ではなくて玖珠(くす)郡になってしまってます。このそば饅頭屋さんは、禅海(ぜんかい)という名前。この記事を書くにあたり調べてみると、おおもとの企業名は新栄堂ということがわかりました。参照:新栄堂

 

新栄堂が玖珠郡の会社なので、そば饅頭屋さんも玖珠にあるんですね。のぼりには「がんこじいさんのそば饅頭」って書いてますけど、店頭に立たれているのは女性の店主。商品を買ったときには、いつも1~2個、できたてのそば饅頭をサービスしてくれます。

ずっと前、田中陽希さんが日本百名山をひとふで書き踏破する番組「グレートトラバース(NHK)」で、ここのご主人と交流されているのを見ました。知っている場所がでてうれしかったですね。

 

そば饅頭は、やっぱりできたてのホカホカが、そばの香りが強く感じられて、抜群においしいです。

饅頭の8割がたが、甘さひかえめのアンコで占められています。お店は不定休なので、「行ってみたけど閉まってた」…ということがたびたびあります。まあ、閉まってたら残念だけど、「今日ははずれ」と軽く受け流すようにしています。また、寄れる機会があれば行ってみます。

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珍しい書体で猿田彦大神と刻まれた庚申塔 大分県玖珠町太田

今回の庚申塔(こうしんとう)があった場所は、大分県玖珠町にある、志津里生活改善センターの敷地内。目の前の、県道43号線沿いに庚申塔はあります。だから、見つけやすい。

場所:大分県玖珠郡玖珠町太田673−2

地図:Google マップ

珍しい書体の字ではあるけれども、「猿田彦大神」と書かれているようです。よくこの通りはとおっていたけど、この庚申塔は見逃していました。

庚申塔に向かって右側面。なにも刻まれていないようです。

 

庚申塔に向かって左側面。建立年が刻まれているようですが、肉眼では何と書かれているのか判別できませんでした。

庚申塔のすぐそばに、何か見慣れない石塔が立っていました。「是 左日田 右ひこ」と刻まれる。境石のようです。「これより左は日田市へ 右は英彦山へと続きます」という意味のようだ。

↓境石に向かって左側面に、「施主 本田亀太郎」。

↓向かって右側面には、「明治二十二年」の文字。それより下の文字は判別できませんでした。道しるべの石塔と、猿田彦庚申塔が祀られているということは、この県道43号線は街道だったと予想されます。

県道43号線を、福岡県方面へたどっていくと、中津市耶馬渓(やばけい)を抜け、山国という町まで続いています。たしかに、英彦山の手前まで続いていました。

 

一方、その反対側をたどっていくと、玖珠の町なかへと続きます。そして、国道210号線と合流します。昔も、この国道210号線と同じルート…玖珠川に沿って日田市まで街道が続いていたのかもしれません。機会があれば調べてみたい。

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朝光

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大分県玖珠町(くすまち)にある伐株山から。今朝はどんより曇ってたけど、雲の切れ間から運よく朝日が差し込んできました。
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めずらしい記銘の庚申塔 「巷大神」 

場所:福岡県糸島市志摩 野北 間少路

地図:Google マップ

庚申塔に刻まれている碑銘には、いろんな種類があるんだなと、「志摩町庚申塔」(志摩町教育委員会)を読んでわかってきました。今回の庚申塔は碑銘が「巷大神」。

 

おそらく「こうたいじん」と呼ぶんでしょう。巷は「こう」または「ちまた」と読むそうで、意味は「人家の集まった中の小道」、「一般世間。庶民の世界」、「道が分かれる所」。

 

庚申塔(こうしんとう)の庚と、巷の「こう」をかけたんでしょう。それと、祀られている場所から「道が分かれる場所」に祀られる神様、という意味も含めて「」の文字を当てたと考えられます。

志摩町庚申塔」(志摩町教育委員会)では、この庚申塔の詳細な情報が記載されています。

建立年:弘化4年(1847年)

銘文:弘化四年丁未八月

石材:花崗岩

現存高×最大幅(㎝):119×58

 

 

志摩町内の庚申塔の材質は、ほとんどが花崗岩(かこうがん)で、このあたり一帯が溶岩で形成された地域だということがわかります。

 

それにしても、巷大神という碑銘は初めてお目にかかりました。

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山口県の美しい棚田 東後畑棚田(ひがしうしろばたたなだ)

ずいぶんと遠い場所まで、棚田の夕景を、写真に撮りにきました。でも、ほんとに来てよかったと思います。それくらい、この景色を前にしてインパクトを受けました。

 

場所:山口県長門市(ながとし) 油谷(ゆや)後畑(うしろばた)

地図:Google マップ

後畑(うしろばた)という地区に着いたのは、日がもうすぐ沈むという18時30分頃。でも、まだまだ強い日光が、海に反射してギラギラしていました。その時間帯に写真を撮っても、海からの光が強すぎて、棚田の美しい景色の、いい部分がうまく引き出せないように感じました。

30分くらい待って、日が水平線に沈み光が弱くなると、夕日特有の赤い光が棚田を照らし始めました。あまり光が弱くなると、棚田の凹凸がはっきりとしなくなり、のっぺりとした印象となるようです。

 

日が沈み、でも雲に反射する夕日で、比較的弱く田んぼが照らされる時間帯が、いちばん美しいように感じました。

東後畑棚田の写真をネットで検索してみると、稲の苗が伸びきっていない時期…田んぼにはられた水がまだ稲に隠れていない時期…の写真が多くでてきます。棚田の写真は、その時期の写真がやっぱりいちばん綺麗なんでしょうね。

 

特にここの棚田は、日本海に浮かぶイカの漁火(いさりび)といっしょに、水のはられた水田を撮るのがベストコラボのようです。「【棚田情報】「東後畑の棚田」が水を張り始めました(4月14日現在)」こちらのサイトを見ると、だいたい6月中旬ごろが、写真の撮り頃なんだそうですよ。

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