日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)の庚申塔

光の道日本一大きいしめ縄で知られる、福岡県福津市にある宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)。この神社の境内にも庚申塔(こうしんとう)は祀られていました。

宮地嶽神社駐車場は無料なので、ここに車を停めて、徒歩で神社境内へ。

駐車場から参道までは、歩いて5分ほど。

宮地嶽には、10年ぶりくらいで来ました。参道の階段を上るまえの門前町?は、参拝者でにぎわってました。太宰府天満宮なら梅が枝餅。ここでは松ヶ枝餅が有名なんですね。

階段を登り切って、ひとつめの鳥居をくぐり…↓

ふたつめの鳥居をくぐる手前、右側↓

樹の下に庚申塔は祀られていました↓。

↓かろうじて…おそらく「猿田彦大神」と刻まれているのが読み取れます。その隣に作られた年などが刻まれているようですが、読み取れませんでした。

↓自然石をそのまま利用して、庚申塔としたようですね。

宮地嶽神社庚申塔:福岡県福津市宮司元町

現在地から宮地嶽神社庚申塔Google マップ

福岡県福津市は古い文化を大切にする町 八並の庚申塔

「福岡県の庚申塔」というキーワードでググってみると、福津郷土史会がつくられた「福岡県福津市庚申塔マップ」というものに出会えました。これはすごい!

スマホでもみられるので、これを活用しながら庚申塔めぐりができますね。便利なものをつくってくれてありがたいです。各マークをタップすると、スマホで各庚申塔までのナビも可能です。

 

それにしても、福岡県にもこんなにたくさんの庚申塔が祀られているんですね。福津市Googleマップに登録されている庚申塔だけでも77個もあります。

 

そのうちのひとつに、今回は行ってみました。

 

八並 購買店付近の庚申堂:福岡県福津市八並595

現在地から八並の庚申塔Google Maps

福津市の八並という地区を走る県道530号線。八並公民館付近の十字路を東へ200mほど進みます。上の写真が、進んでいる景色。かろうじて車が離合できる農道を行きます。

 

左手に納骨堂らしき建物が見えます↓。

 

道なりに進んでいくと、正面に大きな樹が。この大きな樹の下に、庚申塔が祀られているお堂がみえてきます。

お堂脇には、車が駐車できるスペースがあるので、ここに駐車させてもらいました。

↓めあてのコウシンさまは、のっぺりとした石のようです。庚申塔自体は自然にある石をそのまま利用したもののように見えます。表面にはなにも刻まれていないようにも見えますが、「庚申尊天」と刻まれていました。こちらのサイトによると、お堂は平成25年に建て替えられたんだそう。新しい印象を受けますね。同サイトによると、庚申塔が祀られるお堂があるのも、庚申塔のお祭りがあるのも、この八並地区だけなんだそうですよ。

文字の消えかげんとか、石表面の浸食ぐあいからみると、もしかしたら以前はお堂のなかじゃなくて屋外にさらされていたのかもしれませんね。それがのちに、お堂がたてられ、再度大事に祀られるようになってのかも。

 

↓お堂の暖簾には、平成25年6月吉日 占部善鹿 88歳の文字が書かれています。

お堂を建て替えたり、祭りが継続していたりと、この地区ではまだまだ庚申塔に関する伝統がしっかり受け継がれていくのでしょう。珍しいですね。

 

庚申堂周囲はのどかな田園風景がひろがっています。庚申堂ちかくには二体のお地蔵様。お地蔵様のかぶっている赤い帽子も、新しい印象をうけます。信仰深いかたが、定期的に取り換えておられるようです。

 

今回、この庚申塔以外にも数か所周ってみたのですが、どのコウシンさまも、ほったらかしにされている感じは受けませんでした。だいたい、コウシンさまの周りは綺麗に掃除をされたり、綺麗なしめ縄がかけられてたり、お賽銭がおかれていたり、と大事にされていました。

 

福津のかたがたには、このような文化が心のなかまでしっかりと根付いているように思えます。他のコウシンさまを巡るのも楽しみです。

地名の由来 遠賀郡水巻町にある「えぶり」

福岡県の遠賀郡水巻町に「えぶり」という、珍しい地名あります。「えぶり」は、車でそばを走っていても、1分もあればすぐに通り過ぎてしまうような小さな地区です。

以前に、この地区に残る伝承をご紹介しました。

 

ooitasyuyu.hatenablog.com

 

えぶりという地区は、平地にぽこっとお椀型の豊前坊山という小さな山があるのが特徴的です。

なんとなく、この山には何かがあるのかな…と感じていました。そういうわけで、なんとなくこの地域には興味を持ってて、豊前坊山に登り、地名についても調べてみたのです。

 

この珍しい地名は↓下の写真のような、農機具に由来があるそうですよ。”くぼたのたんぼ”という農業について書いているサイトを見てみると、えぶりが紹介されていますね。

柄振 (えぶり)

土の表面を人の手で丁寧に平らにするための農具です。また、田畑の地ならしや穀物の実などを掻き寄せるときにも便利です。

水巻昔ばなし(柴田貞志著)では、

芦屋千軒

関(下関)千軒

京は九万九千軒

朳(えぶり)はたった十三軒

今でもそうであるが、昔から朳(えぶり)は小集落であったので、このようにいわれていた。それは遠賀川と朳山に挟まれた細長い狭あいな水田からなって、稲作をするにも限度があるので、よそ者をうけ入れる余地はなく、永いあいだ貧乏な時代がつづいた。

 と紹介されています。

えぶりの地名がついた地区は、今でも田んぼが広がり人家は少ないという印象を受けます。でも豊前坊山と明神ヶ辻山の間に挟まれた緑ヶ丘という地区は、今では整備された住宅街となっていますね。

 

ずいぶん昔は人が住まない地区だったようですが、石炭産業が発達するにつれて、えぶりの隣にある緑ヶ丘の地区には炭坑労働者が住むようになり、結果長屋ができたそうです。それから時代の変化とともに、今のような住宅街と変わったのですね。

集落の片隅にある文化財 玖珠町太田の十二神将

こんなところに、文化財があるの?という場所に「十二神将」と呼ばれる玖珠町指定の文化財があります。

場所:大分県玖珠郡玖珠町大字太田字松信

現在地から玖珠町十二神将Google マップ

 

大分県道43号線を北側へ向かって走っていると、天祖神社という小さな神社につきあたります。その天祖神社の手前左側に↓下の写真のような民家があります。民家の敷地内に、十二神将がまつられています。

実は、十二神将が祀られているお堂の前に、庚申塔らしき石が配置されていたので、庚申塔も確認してみたかったのです。でも残念ながら、その庚申塔らしき石はふつうの石のようでした。なにも石表面に刻まれていませんでした。

気をとりなおして、十二神将のほうへ行くと、立派な観音様と十二神将像がありました。

隣に三体のお地蔵様も。

中央の一番大きな観音様が薬師如来像。薬師如来像のすぐ前に二体の小さな菩薩像がありますが、これが日光菩薩月光菩薩

そして、これら三体の観音像を守るようにして、前に立ちはだかるのが十二神将なんだそうですよ。

 

案内の看板によると、これらの像は檜(ひのき)で彫られているとのこと。一本の木をゴリゴリと彫って造りあげられているので、像の中は空洞ではないそうです。造りの形式で室町時代に造られたものと推定されています。

十二神将のことは人から聞いて知りました。十二神将つながりで、玖珠町文化財を調べていくと、玖珠町観光協会玖珠町の文化財というサイトに目がとまりました。

こういうふうに一覧にしてくれているのは、ありがたいですね。次回、玖珠に足を運んだ時、この一覧を参考にしながら、ほかの史跡や文化財も探してみたいです。

コーヒー大福がおいしい 福岡県直方市の和菓子屋さん 喜久屋

福岡県直方市に、おいしい大福屋さんがあるということを聞いたので、行ってみました。喜久屋(きくや)という和菓子屋さんです。

 

喜久屋は昭和58年創業以来、直方の名物『成金饅頭』をメインに、四季折々の季節の和菓子を素材にこだわり、まごころ込めて手づくりしています。(喜久屋のホームページ

今回購入したのは、コーヒー大福とイチゴミルク大福。そして直方市定番の和菓子である成金饅頭。

 

このなかでも、個人的におススメの大福はコーヒー大福。↓下の写真だと下側の、それこそ、コーヒー色した大福がそれです。

大福のなかは、生クリームたっぷり。大福はコーヒー味でほろ苦い感じ。いっぽう、ほどよく甘い生クリームが対照的な味。もちろん大福はもっちもち。おいしいですね。

 

イチゴミルク大福は、目当てにしていたイチゴ大福が売り切れだったので、代わりに買ってみました。代わりといってしまってはイチゴミルク大福には申し訳ないですね。これも、生クリームたっぷりで、ふわふわでおいしいですね。コーヒー大福は、生クリームが苦手な妻も、おいしいといってましたよ。

喜久屋の場所:福岡県直方市頓野1936-3

現在地から喜久屋:Google マップ

営業時間:9:00~18:00

定休日:火曜日

日本一巨大な石炭の塊 直方(のおがた) 石炭記念館

福岡県直方(のおがた)市。かつては炭坑で栄えた町でした。

 

明治以降、石炭産業が発達した時代、筑豊の石炭を集めて配送する中心地として直方の町は栄えてきたんだそうです。炭坑が閉鎖された今では、なんとなく静かな雰囲気の町となっています。

 

特に直方駅前の古町商店街は、けっこうシャッターが閉まってるお店が多い印象です。

 

でも、ところどころにおいしい食べ物屋さんがあったり、興味深い史跡があったりと、深く知っていくとおもしろい町だということが、わかってきました。

 

ちなみに、食べ物屋さんというのは…ご当地和菓子の成金饅頭屋さん「四宮の成金饅頭」、お好み焼き屋さんの「こなやきっ 廣」、中華料理「中華園」、カレー焼きという珍しい食べ物を出してくれる「次元」、絶品のホルモン焼屋さん「村井」、イチゴミルク大福などのうまい大福が持ち帰れる「喜久屋」などなど挙げればきりがないくらい。

 

そんなおもしろいもののひとつ、直方の石炭記念館。ここには日本で最大級の石炭の塊があります。石炭記念館の入場料はたったの100円です。係員のかたの説明によると、これだけの石炭量だと、石炭を燃料として使っていた時代の、家庭1年分の燃料になるんだそうです。

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 直方の石炭記念館:福岡県直方市大字直方692-4

町中のお寺にある庚申塔 八幡西区穴生(あのう) 弘善寺

これまで庚申塔は郊外の古いお寺とか神社、あるいは地方の村の片隅に祀られているというイメージでした。今回の庚申塔は北九州市八幡西区という町中にありました。珍しくにぎやかな場所にもあるんだなという、なんとも新鮮な感じでした。

弘善寺 庚申塔の場所:福岡県北九州市八幡西区穴生2丁目6−1

現在地から弘善寺の庚申塔:Google マップ

 

お寺前の駐車場の一角に地蔵堂と、庚申塔が祀られていました↓。

「庚申尊天」と刻まれた文字塔。

庚申塔に向かって右側面には、享保十五年の文字が刻まれています。西暦に直すと1730年。いまから287年も前に造られたんですね。庚申塔のすぐそばにある案内看板によると、この八幡西区あたりで一番古い石碑なんだそうです。

↓風化がすすんでいて、庚申塔に向かって左側にある文字は見えなくなっています。有志のかたがたにより、この庚申塔は修復されたらしいのですが、白い部分↓は修復跡なんでしょうね。

庚申塔を探してまわると、ふだんなら足を伸ばさないような場所まで、自然と行くことになります。少しずつですが、地元の地理に詳しくなってくるのが、なかなか楽しいですね。