日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

福岡県柳川市の秋季大祭「おにぎえ」に行ってみた

福岡県柳川市。平成29年10月7日から9日まで、三柱神社の祭り「おにぎえ」が開催。はじめて観に行ったので、いきあたりばったりの祭り見学。たまたま出会った「どろつくどん」という山車。般若が、山車から身を乗り出して、善悪・喜怒哀楽を踊りで表現しているんだそうです。

 

調べてみると、柳川市は今日の最高気温29℃。どうりで暑かったわけです。そんななか、踊り手は踊りまくっていました。こちらの山車は日吉神社(福岡県柳川市坂本町7)付近でみることができました。見学したときは、柳川商店街→柳川市役所→日吉神社の順で、山車が進んでいました。

 

こちらは、お囃子を演奏する華やかな山車。「どろつくどん」の踊りの拍子をとっているのでしょう。

 

14時30分すぎに、山車が日吉神社(福岡県柳川市坂本町7)に集結しました。カラフルな山車が青空に映えました。

山車を見学したのは日吉神社の近くで、ちゃんと車を駐車できる臨時の駐車場も用意されていました。どうも龍眼科医院が駐車場を臨時駐車場として貸してくれているようです。

 

場所:福岡県柳川市坂本町25−4

地図:Google マップ

 

それにしても、柳川市は至る所にクリーク(水路)があって、他の地域ではなかなか見られない景色の広がる場所でした。↓こちらは三柱神社ちかくの川下りが行なわれる水路。なんとも絵になります。

もともと海だった柳川は、干拓の結果埋め立てられ、水路を掘って出た土を盛り上げ、盛り上がったところに住居を建て、掘りさげたところが水路となったんだそうです。

↑地図をみても、ほんとに水路が多いです。まるで迷路のようにクリークが町のなかを走りまわっています。

 

それに、寺院や神社がやたらたくさんあるのも気になります。なにか理由があるんでしょう。柳川市の歴史を掘り下げてみると、おもしろい発見がみつかるかも。

若戸大橋の建設当時の写真 北九州市

北九州市若松区戸畑区を結ぶ、若戸大橋。「北九州思い出写真館」(北九州市制30周年記念誌)に建設当時の若戸大橋の写真が載っていました。こんな感じで↓若戸大橋は造られていたんですね。ほんとにつり橋感が伝わってきます。


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話には聞いていたけど、開通式では人も歩いて渡れていたそうです。今では、車だけ渡れ、人は若戸渡船を使わなければなりません。↓こちらが現在の若戸大橋

福岡県福津市生家の庚申塔

場所:福岡県福津市生家

地図:Google Maps

石祠のとなりに二基の庚申塔が祀られています。どちらも文字塔で、庚申尊天と刻まれています。ただ、↓下に示す自然石型の庚申塔は、造られた年が石の劣化により見にくくなっていました。写真を拡大したり、加工したりしてなんとか見ようするけど、なかなか文字が判別しにくい。

「庚申尊天」という文字に向かって右側に成立年が刻まれているようです。拡大すると、なんとか「正徳」と判別することができました。正徳は5年まで続いています。西暦に直すと、1711年から1715年まで続いていることになります。

 

↑上の庚申塔では、正徳の下の文字がどうしてもわかりませんでした。だから、だいたい1711年から15年の間に建てられたものとするしかありません。

 

↓そして、隣の庚申塔に目を移すと、こちらは比較的わかりやすく、享保十八年と刻まれています。西暦に直すと、1733年です。

 

 

こういった、石塔に刻まれ、分かりにくくなった文字を、わかりやすく分析してくれるソフトがあったら…と思います。

 

ケベス祭がもうすぐ開催される 2017年10月14日 国東市国見町

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2017年は10月14日(土)に、櫛来社(国東市国見町櫛来)で開催されるケベス祭。トウバが守る火をケベスが散らすと、今度は火を守る側だったトウバが、火を周囲にまき散らすという。以前、行ったとき人が多くて、メインのケベスを見ることができませんでした。今年は見てみたい。

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長崎街道 木屋瀬宿(こやのせしゅく)の西構口(にしかまえぐち)

長崎街道の宿場町のひとつである木屋瀬宿(こやのせしゅく)。木屋瀬宿の出入り口である構口(かまえぐち)の跡が、残っていると聞いたので行ってみることにしました。

 

場所: 福岡県北九州市八幡西区木屋瀬4丁目

地図:Google Maps

 

↓こちらが木屋瀬宿の西側にある出入口、西構口跡。石垣が残っています。

福岡県の歴史散歩の地図でみると、赤点丸で示したあたりです↓

この西構口の近くに、前回アップした興玉神社があります。木屋瀬宿から次の宿場町である飯塚宿に行く人たちの安全を願ったと考えられる神社です。

 

ooitasyuyu.hatenablog.com

 おそらく、飯塚宿へ向かう人たちはこの興玉神社の場所で、旅の安全を願って参拝してから旅立ったのではないかと考えられます。

 

このあたり、けっこう車通りが多く、道が狭いので車で行ったときには路駐はできませんでした。ただ、木屋瀬宿見学用の無料駐車場が、木屋瀬宿各所にあるので、ここに車を停めさせてもらいました。西構口跡ふきんだと、「旧高崎家」近くに広い駐車場がありました。

 

以前に内野宿(福岡県飯塚市)へ行ったことがありますが、内野宿と比較し木屋瀬宿には、雑貨屋さんやカフェ、郷土資料館などがあり、にぎやかな印象をうけます。

 

こういう宿場町のふきんには、道しるべの神様である猿田彦大神が祀られていることが多いように感じます。木屋瀬宿にも西側と東側に猿田彦関係の神社をふたつ見つけることができました。興玉神社と、扇天満宮横の庚申社(Google Maps)です。

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もしかしたら、他の宿場町でも猿田彦大神を祀った神社をみつけられるかもしれません。

宿場町の庚申さま

場所:福岡県北九州市八幡西区木屋瀬4丁目13

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長崎街道の宿場町のひとつ木屋瀬宿。宿場町佐賀県側の出入口付近に、興玉神社があります。興玉神猿田彦神の別名で、ここに祀られる神は猿田彦神なんだそうです。


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もともと石祠だけの神社だったのが、立派な社殿が後に建てられました。地元では庚申様と呼ばれます。旅の安全が祈願されたんでしょうね。 


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菊姫 六女 祭墓所

増福院(福岡県宗像市山田700)にある菊姫 六女 祭墓所


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不思議な形の石塔がありました。帰ってよくよく見てみると、もともとの五輪塔が風雨に浸食されこんぺいとうのような形になったようです。増福院は、1552年に惨殺された菊姫たちの霊を鎮めるために建てられました。


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それにしても、もともとの形の五輪塔も珍しい形で、はじめてみる形です。そもそも五輪塔で正解なのか気になるところです。