日々の”楽しい”をみつけるブログ

史跡探訪と写真好きのku-(くー)といいます。日々の生活に楽しみをみつけて、紡いでいこうとするブログです。

九州の街道 内野宿(うちのしゅく) その街並みを歩いてみた②

その昔、九州には大きな街道が8本ありました。そのうちの一つ…長崎街道。各所に旅人が泊まることができる宿場町が6つあり、筑前六宿と呼ばれています。その中のひとつに、内野宿(うちのじゅく)がありました。

 

場所:福岡県飯塚市内野

内野宿中心部までの地図:Google マップ

その内野宿に、先日、観光へ行きました。観光といっても、お土産を買ったり、昔ながらの郷土料理を食べたりしたわけではなく、ただ歩いて散策してみただけ。歩くだけなら、小さな町という印象の集落でした。

 

町を端から端まで歩いても、まあ、15分もあれば歩ききれるほどの距離。600mほどしかありません。でも、古い街並みが残る内野宿を歩いていくのは、個人的には楽しい時間でした。

山麓のせまい傾斜地に、内野宿はつくられたので、↑上の写真のように、町全体にアップダウンのなだらかな坂があります。

今回の記事では、その内野宿のなかの、宿屋にスポットを当てて、写真とともにズラズラとアップしてみます。けっこう古い感じの家が残っていますが、明治時代以降に立てられた建物が大半なんだそうです。

内野宿には宿屋が8件あったそうで、だいたいの配置を↓下の看板に赤で示しました。

 

 

①若松屋

②郡屋

松屋

肥前

⑤博多屋

⑥長崎屋

⑦恵美須屋

⑧大黒屋

…このような配置になってたそうです。

 

中でも、⑥の長崎屋は、あのシーボルトが泊まったという伝承が残されています。こちらでは、3日前までに予約すれば、地元食材を使った郷土料理が食べられるそうです。

内野宿にはゴールデンウィーク中に、訪れたのですが、他の観光客らしきかたたちは、ちらほらとしか見られず、ちょっと寂しい感じもしました。でも、まあのんびりと散策できるのがよかったですね。

 

↓そしてこちらは、今では展示館となっている④の肥前屋。

 

↓こちらは、もう現在では建物がなくなってしまっている①若松屋跡。

 

↓こちらは、⑧大黒屋。内野宿の元宿屋を見て回ると、当時の建物がそのまま残っているというわけではなさそうで、改修されたり、建て直されたり、取り壊されたりしているようです。元宿屋があった場所の家々には、今も人が住まれているようですね。

かろうじて、⑥の長崎屋は明治時代の建物が残っているとのこと。そうそう、その長崎屋は、休憩所、兼展示場で100円の入場料で立ち寄れるそう。また今度行ってみよう。

この記事をまとめるときに、調べてわかったのですが、内野宿には名産品があるようです。参照:(内野宿 名産品のご紹介 | 長崎街道 『内野宿』

なかでも、「梅酢のサイダー」は気軽に買って飲めそうで、これも次行ったときに試してみたいです。

 

次回は、宿屋さん以外の建物についてアップしてみたいと思います。