日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、庚申塔を中心に史跡を巡っています。主な行動範囲は九州北部。Nikon D750を使って史跡の魅力を写真でおさめられたら…と試行錯誤しています。

神仏習合の先駆けとなったのが応神天皇 メモ

山の神さま・仏さま (ヤマケイ新書)を読んでいて「大菩薩嶺」という項で応神天皇の話がでてきました。福岡県には各所に神功皇后伝承の残る地が各所にあり、その神功皇后の子どもにあたるのが応神天皇です。そこで応神天皇とはどんな天皇なのかメモを残しておきます。 

 

応神天皇は、実在が証明できる最初の天皇といわれている方で、筑紫国(福岡県)の生まれ。天皇に即位してから中国 百済の渡来人を日本に受け入れ、中国の文化をどんどん取り入れていったといわれます。その実績が徳となり神格化され、宇佐神宮のご祭神である八幡神と結びついたとされます。

つまり宇佐神宮のご祭神は応神天皇応神天皇は571年にはじめて宇佐に現れたとされています(参照)。今では宇佐神宮の一之御殿に祀られています。

 

応神天皇が生まれたのが「仲哀天皇9年」そして没したのが「応神天皇41年」(参照)。西暦になおすとどのあたりなのでしょう?仲哀天皇9年がおよそ200年、応神天皇41年が310年となっています(参照)。

 

でもそうなると応神天皇は110年も生きていたことになります。応神天皇 - Wikipediaの他の記述を読んでみると、はっきりとした生存年がわかっているわけではないようです。

 

宇佐神宮神道。ではその神道仏道と融合する神仏習合に、応神天皇がどうかかわったのか?『山の神さま・仏さま』に戻ります。

 

時代は奈良時代東大寺に大仏を建立する際に八幡神が大きな寄与をしたそうです。大仏が完成したあと、八幡神が神輿にのって大分県宇佐から奈良東大寺まで参拝されました。これ以来、八幡神は神でありながら大菩薩という称号も得たという話です。(参考;『山の神さま・仏さま』大菩薩嶺